本丸より (12)

 
“なぜなら、空が青いから
僕は泣きたくなる”

         ____ Because, The Beatles

西日がやっとビルの向こうに沈み、
部屋の明かりを灯すと同時に、ブラインドを閉めようと窓に行く。
ふと見渡す空は、一度も同じだったことがない。

今日、一度下ろしたブラインドの隙間から見えた空は、
絵の具のように青く、帯のように伸びた雲は、
優しいローズ色をしていた。

見とれていた時間が長過ぎたのか、
机の上のカメラを取りに行き、
レンズキャップを外す僅かな時間の間に、
もう、その青は色を変えていた。

もう二度と、その青に戻ることなく、雲の色だけが、
ますます濃くなりながら、スローモーションで形を変えていた。

時間は、留まることがない。
気持ちも、留まることがない。

愛しい人の声を聞けば、その瞬間と、
それから暫くの時間、
永遠に幸せに包まれるような気になってしまう。
気持ちはそれほど、愛おしいものには、
哀れなほど、単純。

けれど、時間が留まることがないように、
あんなに、もう何があっても、強く生きてゆけるような
そんな力強さを与えてくれた瞬間が、
だんだんと、まるで、放電する電池のように、
からっぽになっていく。

何も変わっていないのに、
時間が過ぎただけなのに、
こころの電池は "Empty" のライトを点滅させる。

光は、
真空空間を1年に約9兆4605億km進む。
人がどんな精度のいい天体望遠鏡を駆使して遥か遠い、
アンドロメダ星雲を見ることが出来たとしても、
それは、光の速さをもってして、
250万年前の過去の姿を捕まえたに過ぎない。

ほんとうは、もうとっくの昔に、
何もかも、消えているかも知れないのに。

太陽に照らされた、たった今の地球の姿を、
200万年後に、見ている“生き物”がいるかも知れない。

永遠に思えたものがたとえ続かないとしても、
光が届き続けさえすれば、
それが幻の光であっても、
ずっとそこにあると、信じられるものなのに。

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